わたしはセックス依存症? どこからが依存症ですか?

●質問
わたしはセックス依存症ではないかと不安です。セックス依存症って、ネットに具体的に書かれていないのですが、どこからが「依存症」なのですか?

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●回答
なんとなく淋しいから誰かとセックスしたい、と思うことが頻繁にある人は、セックス依存症です。
男の場合だと、酔うと女をあさる行動をする(カネもないのに、クレジットカードを握りしめてキャバクラに行く、風俗に行く。マッチングアプリで課金してまで女子をあさるなど)と、セックス依存症なわけですが、女子も同じです。
女子の場合は、男ほど酒を飲まない人の方が多いから、酔っても酔わなくても、誰かとセックスすることで淋しさを埋めたいと思えば、その人は立派なセックス依存症なのです。

淋しくてもセックスしたいと思わない人も世の中にはいます。
そういう人は、淋しさをどう処理しているのでしょうか?
「寝たら忘れる」などと言うところから、さほど淋しさに侵されていない(軽症)だと言えます。

対照的に、セックス依存症の人は、なんとしても淋しさを消したいからセックスしたいと思います。セックスしても淋しさが消えた「気がする」というだけのことで、根本治療になどならないにもかかわらず、彼女は、夜な夜なセックスの相手を探し、どうにかセックスという行為にありつき、朝までセックスします。

ようするに彼女は、自分の人生に絶望しているのです。「輝いている<今のわたしとは別のわたし>になりたい」と思っても、今の自分を生きるしかないから、彼女は絶望しているのです。
この論から、大胆に言い切ると、自分の人生に絶望している人は、実際に男をあさる行為をしていなくても、セックス依存症なのです。男とセックスすることで、束の間、淋しさから解放されたような気を味わうというのと、オナニーで束の間、淋しさから解放されたような快感を味わうというのは、やっていることはちがえど、その根本はおなじなのです。どちらも、自分の人生に絶望してるのです。

言っておきますが、自分の人生に絶望している状態が悪いと言っているのではありません。人は「誰だって」病んでいて、その病んでいる気持ちをどうにかフラットにするために、あんなことやこんなことをする必要があるのだから、絶望していようと、セックス依存だろうと、なんだってかまわないのです。
ただ、いつか、希望を自家発電することのできる人間にならないと、あとの人生がしんどい、というだけのことなのです。

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