漠然とした淋しさってどうしたら消えてなくなってくれるのですか?【3/3】

●質問
なにが淋しいということでもなく、ただ漠然とした淋しさがあります。彼氏と一緒にいてもなぜか淋しいです。彼はすごく優しいしいい人なのに。
漠然とした淋しさって、どうしたら消えてなくなってくれるのですか?

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●お答え
前項では、人生がもつ「選べなさ」を認め受け入れることで、淋しさから解放されると説きました。がしかし、誰もがそうできるわけではないですよね、ということで、ではどうすれな、人生がもつ選べなさを受容できるようになるのか? が、本項のお題です。

ちょっとむずかしい言い方をすれば、意識と感覚とがバランスよく拮抗するようになれば、淋しさから解放される――かの哲学者はこう言います。

意識とは、言語能力のことです。意識がないときは言葉が出てこないのだから、意識=言葉です。
対して、感覚とは、言葉にならないことです。たとえばいま、あなたが暑いと思っているとしましょうか。その暑いという感覚って、究極的にはそのすべてを言葉にできないですよね? だから、寒いと思っているあなたの隣にいる人と、エアコンの温度をめぐってケンカになるわけでしょう? あなたが持っている暑いという感覚を「すべて」言葉にできれば、理路整然と暑さを相手に説得できて、ケンカにならないのに。完全に言葉にできないことと、言葉にできる部分との2つを、わたしたちは常に持っているということです。

その言葉で言い表せることと、言葉で言い表せないこととが、ひとりの人の中でうまくバランスをとったとき、はじめて、人は淋しさから解放される――かの哲学者はこう言います。

言い換えるなら、人生には、ある瞬間、偶然、かつ奇跡的にも、自分の過去・現在・未来を一瞬にしてば~っと見通せるときがあります。このとき、人は、意識と感覚とのバランスがとれているのです。

ポイントは、「今」を「感じる」ことができるかどうかです。
漠然とした淋しさを抱いている人って、過去に心を繋がれている人です。言語の世界に心を奪われている人です。言葉とはつねに「過去にそう思った」ということだからです。
そうじゃなくて、今を感じることで、人はある瞬間、偶然、かつ奇跡的にも、自分の過去・現在・未来を一瞬にしてば~っと見通せるようになります。

今とは、感覚で感じるものです。感じるというのは常に今で、考える(=言葉の世界)とは、常に過去だから。

「今」を感じるようにすれば、人はいとも簡単に淋しさから解放されます。そのためには、五感をフル活用することです。
公園に行って風を感じるでもいい。美味しい料理を食べに行く、でもいい。旅行に行って、その土地の人と触れあうのでもいい。とにかく、過去のことを考えすぎなその脳を、その心を、「今」にもっていってあげることです。

そうすれば、少しずつ少しずつ、心が過去から離れてくれて、その結果、淋しさが嘘みたいに消えてくれます。

文中に書いた「かの哲学者」とは、キルケゴールのことです。彼は、淋しさや怒りなど、絶望を哲学してその解消法を身体を張って考えた最初の人です。引きこもりやプチ鬱に悩まされつつ、その解決法を考え出した最初の人です。
よかったら彼の本を読んでみてください。

※参考 キルケゴール・鈴木佑丞訳(2017)『死に至る病』講談社

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